医学は記載の学問です。

私が最初に師事した教授は、内科診断学の大家でした。頭から足へ「抜けなく」所見をとり、「全身を診る」ことを教わりました。

学生時代に神経学を教わった方からは「神経は嘘をつかない」と言われました。丹念に神経所見をとっていけば、その障害部位は断定できるというお話でした。

「医学は記載の学問である」と教えていただいた方もおられます。書式にしたがって記載をすれば、自然と診断はつき、必要な治療も明らかになるというお話でした。

現在、電子カルテを使用しながら、つとめて丁寧に記述をするようにしています。やはり、医療の最前線でも「記載が重要」と身についているからでしょう。

 

今週の夏休み、私は秩父・長瀞に足を運びました。暑い日でした。そこで、「長瀞ライン下り(川下り)」を楽しもうとする人たちの長い車の列を見ていました。

自宅に戻って、天竜川の川下り船の転覆事故のニュースを見ました。胸が痛みました。

時間が経過して事故の細部が明らかになってきました。今の焦点は、「法律で義務づけられた子供の何人が救命胴衣を身に着けていたか?」です。

船に乗り込む子供に対して、「暑いから、救命胴衣は着なくてもいいから、手元に置いておいて」と言った人がいるとかいないとか... ニュースは残酷です。

現場を見たわけではありませんが、猛暑の河原だったんでしょう。夏休みの思い出に子供に暑い思いはさせたくない... 普通の人の、普通の人情を感じます。もちろん、法律違反でしょうけれど...

しっかりとしたチェックリストを記載する人がいて、必要なことを抜けることなくやっておけば防げた被害であることは間違いありません。

 

医療の現場でも、人情にほだされて「普通ではない医療」をすることもあるかもしれません。特に身近と感じていた人から、「先生! こんな症状で困っている」と言われたら、それを楽にして差し上げたいのは人の常です。

でも、医療の現場は絶対に法律違反をしませんし、通常ではない医療をする場合には、その副作用であったり、うまくいかない場合であったりを、きちんと説明します。それは相手を守り、自分を守ることです。

 

天竜川の事故が、今後どう展開するのかは存じ上げません。

ただ、メディアの関心が救命胴衣に絞られてきているのを見ながら、なぜか「医学は記載の学問だなぁ」と再認識した夏でした。